70分耐久最終予選(8月21日)
作成日:98/08/31
更新日:98/09/01

「どっちが走る?」

70耐は1回のライダー交代が義務づけられる。走るのはアキラともう一人。RSオータに相談する。

「ん〜。俺がピットに居ないとまずいっしょ。」とRSオータ。

そのお言葉に甘える。「分かった。じゃ、俺走るわ。」

しかし、まさかこんな事になるとは誰も想像していなかった。こうなったら意地でも6位以内に入って明日の決勝を走るしかない。

RSオータは早速70耐の作戦を立てている。

レース中にペースカーが入った場合の周回数に於ける対処方法や、ピット作業について。

満タンのガソリンを使い切るギリギリの所迄、前半50分。周回数にして22周をアキラが走り、後半20分の9周を俺が走る事にする。

アキラがピットインしてきたら、先にライダー交代を行い、8L給油する。1分経過後、ピットアウト。

目標は3位。

タイヤはリアだけ新品を入れ、フロントは予選で使ったものをそのまま使う。

ガソリンを満タンにし、スタート前チェックに備える。

ピットロードでは、華やかに予選を通ったバイクが並べられ、ピットウォークが続いている。
キャンペーンガールが綺麗に塗装されたバイクの横に立ち、写真撮影が行われている。

スタートの時間が近づくにつれ、極度に緊張してくる。足かけ7年のレース経験で、こんなに緊張した事は初めてだ。

耐久はスプリント以上に自分だけのレースではなくなる。必要なピットクルーの数も比較にならないし、ライダーだって自分一人で走る訳じゃない。

俺にも明日の出走可否が掛かってる。

奴は、アキラはこのプレッシャーを1人で背負い、予選に望んでいた。今もそのプレッシャーと戦い続けている。

今更あいつの気持ちがちょっと分かった気がする。

スタート前チェックを終え、バイクをピットロードにスタンドアップする。

アキラはツナギに着替え、準備万端といったところ。

走行直前の最終打ち合わせ

そんな時、ピットロードで見知らぬネーチャンにGOMAが話しかけられている。なんだかこっちを指さしている。

(なんだべ?)と思っていると、ニコニコにながらこっちに歩いてくるネーチャン。

「こんにちわー!」と挨拶される。

話を聞くと、出走前のピットロードでポールポジションのチームにインタビューをしたい為、その打ち合わせに来たと言う。

GOMAと話していたのは、出走前に聞いていいライダーかどうか確認していたとの事。
「なんちゅーか。もう、全然おっけーですぅ。」と答えたそうだ。

後から聞いた話だと、どうやらMFJ関係の人らしい。わきまえのある、レースの現場慣れした健康的で感じのいい女性だった。

(そういや、51番手だから、予選落ち組みから見ればトップな訳だよな。)

そんな事、全然気にしてなかった。

カメラを向けると、笑顔で手を振ってくれた。

間もなくピットロードに呼ばれ、選手紹介。

インタビューを受けるアキラ。

打ち合わせをしたのがアキラだけだった為、彼だけインタビューを受けるのかと思いきや、
「では、第2ライダーの内澤宏之選手にもお話を伺いたいと思います。」心の準備が出来ていなかった為、あわてた。

「ポールポジションの感想はいかがですか?」みたいな事を聞かれ、

(俺のタイムでポール取った訳じゃねーしなぁ)と思いつつ、

「そうですねぇ〜。本当は予選でポール取るつもりだったんですけど、全然ダメでしたねぇ。」

などと訳わからん事を言ってその場をしのごうとすると、

「そうですかぁ。わかりましたぁ。」と苦笑される。

第3ライダーとして、RSオータもインタビューを受ける。

「70耐は走ることが出来ませんが、ピットクルーとして役立ちたいと思います。」

「そんなコンパスの3人でしたぁ。」

スタート進行の時間。コースオープンとなり、全車ピットアウトしていく。

スタート進行

一番前のグリッドにバイクを止める。刻々とスタートの時間が迫ってくる。

スタート前

ストレート上の電光掲示板にカウントダウンが始まる。

そして16時30分。グリーンフラッグが振られ、敗者復活に賭けた70分耐久レースが開始された。

バイクに駆け寄り、5番手で1コーナーへ消えていくアキラ。始動性の悪いFZRだと、どうしても出遅れてしまう。
1周終わって、5位のままホームストレートに帰ってくる。

俺はツナギを着ると、モニターに釘付けとなる。

アキラは13秒前半から15秒前半の間で周回を重ねている。順位に変動は無く、5位のまま。

トップの6台は、NSRの1台を除いて全車400。

俺への交代迄、残すところあと3周となったところで4位に浮上。先頭を走っているのはゼッケン#79。’87のFZR。

ホームストレートを20周目に通過するとき、予定通りピットインサインを出す。

「出したよ!2分で帰ってくる!」

黙ったまま頷く。ヘルメットを被り、グローブをはめる。

ピットロードに出ていき、アキラを待つ。

他のチームも続々とピットインしてくる。ライダー交代のみで、無給油作戦のチームもいる。

(4位で交代か・・・。)緊張が極限に達した。

勝ちたいレースや絶対勝ってやると意気込んだレースは何度も経験してきたが、勝たなければならないレースはこれが初めてだ。
そう、俺達はここで負けるわけにはいかない。手伝いに来てくれた人、明日来てくれる人達を7時間の間、傍観者として観戦させる訳にはいかない。

これで決勝走れなくてどうする!

アキラがピットインしてくる。俺の真横で止まると、RSオータが即座にリアスタンドをかける。

50分と言う長時間を走ってきたアキラは、その精神力を全て使い切ったかのように、バイクから降りようとしない。

「どけっ!」とアキラに怒鳴りつける。

(ハッ)と我に返り、バイクから離れるアキラ。

バイクに跨ると、給油作業が開始される。給油時間計測開始。今から丁度1分後にコースへ復帰する。

給油が終わり、1分の経過を待つ。

長い。このジッとしている時間がやたらと長く感じる。

ギアは1速に入っている。クラッチを握りながら、右手親指をセルスイッチに被せる。

給油時間を計測しているオフィシャルの顔を睨む。

「はいっ!」1分経過。合図と共にエンジンスタート。

リアスタンドが外れたと同時にクラッチを繋ぎ、ピットアウト。

ライダー交代のピットインで、1周目、9位迄順位を落とす。

その後2周目に7位。3周目に5位。

前から近づいてくるバイクが上位の奴か周回遅れなのか分からない。

もう誰でもいいから抜いていくしかない。次々と前から来るライダーをパスしていく。

7耐の参戦を持ちかけたのはこの俺だ。ここまで来るのに、あいつらにも相当なお金を使わせてしまった。
いったい何レース分のお金を消費しただろう。
ひょっとすると例年の1年分にあたる活動費を、このためだけに使ったかもしれない。

”考えが甘かった”じゃ済まされない。そんな事あっちゃならん。

大体オータなんぞ、殆ど走ってない。後半は専らエンジンの整備やらトラブルやらでマトモに走った事がない。
それでもトラブったら又オータが直してた。

なんとしても、あいつに明日の決勝、走らせてやりたい。

(あいつはライダーだ。バイクいじくる為にエントリーした訳じゃねぇっ!ここでやらなきゃうそだ!!
(某有名誌より引用。だけど、この時は本当にそんな気持ちだったんだ。)

5周目にサインボードを見ると、P−4となっている。現在、4位。

もうタイムなんてどうだっていい。全ての力を出し切って、全力で走るしか無い。

*** この後数周に渡り、記憶を失う。(いわゆる必殺の、気絶走行) ***

再び気が付いた時は、最終ラップ直前のホームストレートを通過した時。

サインボードを確認する。

見てない

(最終ラップだな。4位か。)

残り1周。最後の力を出し切る。後ろから抜かれる強迫観念と戦いながら。

そして最終コーナー。

(よしっ!)ピットアウトしてから1台も抜かれていない。

最終コーナーを立ち上がり、サインボードを探していると、ピットクルー全員が両手を上げて、喜びの表情をしている姿が目に入る。

サインボードなんか見なくても状況がよく把握出来る。

「やったっ!明日走れるんだっ!」

それでもコントロールラインを通過するまで気を緩めない。あと数十メートル。

そしてチェッカーを受ける。間違いない。俺達は明日の7時間を走る事が出来るんだ!

左手で握り拳を上げる。

「よっしゃぁぁぁ!」ヘルメットの中で叫ぶ。

そのままの勢いで1コーナーを回る。

(早く・・・。早くみんなの所へ帰りたい・・・。)

チェッカーを受けたのに、アクセルを戻す事が出来ない。全開のままクールダウンラップ。

次々に前車を抜いて行くが、セカンドアンダーをくぐった所でようやく正気を取り戻す。

全車車両保管となる為、車検場の前に誘導される。

車検場の前でRSオータがスタンドを持って待っていた。

ヘルメットを脱ぐと、それを受け取ってくれ、「お疲れ!やったジャン!」と、よく冷えたお〜いお茶を渡してくれる。

「やったよ。よかった。よかったよぉ。」

こんなにやさしいオータを初めて見た。

電光掲示板を見上げ、最終順位を確認する俺。上から3番目に78と表示されている。

車検エリアを仕切っている金網の扉から出ていくと、「はい。お疲れさん。」とL1A氏がタオルを渡してくれる。

緊張感から解放され、ホッと一息。

「お疲れー。頑張ったねー。」とみんな笑顔で迎えてくれる。

アキラが向こうから歩いてきた。

「お疲れ様でした。」と握手を交わし、肩を抱き合い、背中をたたき合う。

「で、3番目に表示されてるけど?」と俺。

「3位だよ!3位!」

「3位!?ずっと4位だと思ってた。」

最後迄トップを走っていたゼッケン#79のFZRは、無給油作戦で最終ラップにガス欠となり、
バイクを押しながらチェッカーを受け、ゴール直前に次々と抜かれ、9位となっていた。

「タイムも13秒出たね。」

「えっ?俺が?13秒?・・・全然気づかなかった・・・。」

「最後の2周くらいんときに13出たよ。ボードに出してたけど、見なかった?」

「いや、その頃丁度気ぃ失ってたカモ。」

「又気絶してたのぉ?」

「わはははは。」

「3位だけど、表彰式ってねーのかな?」

「わははははは。」

よかった。本当によかった。




午後7時25分。正式結果が発表される。ゼッケン78番は3番手につけ、決勝進出。

終わって結果を見てみると、俺らは給油したチームの最上位となっていた。1位と2位はどちらも無給油で走りきったらしい。

因みに4位のチームとの差は13秒。あんなに飛ばさなくても良かったが、気絶中ではしょうがない。

70耐ですっかり遅くなった俺達。L1A氏が、みのからの祝辞を伝えてくれる。

一時は危ぶまれる状況に陥ったが、何とか決勝の53番グリッドを確保する事が出来た。

これで明日の決勝が走れない事にでもなっていたら、どうにも言い訳がつかない。

改めてホッと胸をなで下ろす気持ちだ。

後かたづけ


今日は8人でホテルツインリンクに宿泊する。予定より随分遅くなった夕飯を食うと、7時間のスケジュールを練り直し、宴会へと突入する。

酒を目の前に置かれ、飲みたい気持ちを抑えつつ、スケジュールを練り直す。

明日の決勝から手伝ってくれる弟とみのも夜には到着し、部屋で一緒に騒ぐ。

夜中の1時。睡魔の限界迄騒いだ後、3分で眠りについた。


70耐のベストタイム
アキラ2分13秒39
HIRO2分13秒83自己ベスト更新

〜 今回の教訓 〜

・明日も気合いで気絶するぞ!

以上

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