7時間耐久決勝(8月22日)
作成日:98/09/04
更新日:98/09/15

朝5時半。部屋の目覚ましが鳴る。

俺の希望した時間にL1−A氏がセットしておいてくれたからだ。

30分程、ぼけぇ〜っとテレビを見ながらタバコを吸う。いつもの習慣。4人の内、起きているのは俺とRSオータだけ。

6時になると、ローの目覚ましが鳴る。

モゾモゾっと動いたかと思うとその目覚ましを腹に抱え、又動かなくなる。

1分経って、腹のあたりから再び目覚ましが鳴ると、又ちょっとモゾモゾして動かなくなる。

毎分、それをずっと繰り返しているロー。

「だめだコイツ・・・。」

いい加減、急がなければいけなくなる時間になった頃、俺もやっとシャワーを浴びる。

シャワーから出ても、当然起きてないロー。RSオータは一足先にパドックへ向かう。

俺も急いで支度する。ローを起こす声でL1−A氏が起きてしまう。

「すんません。俺ら先行ってますんで、コイツお願いします。」L1−A氏にローを頼み、RSオータに遅れる事10分。パドックに入る。

今日のAセットにはライスを選択する。それをマッハのスピードで食い、ピットへ。

昨晩からもてぎ入りした弟(トシ)とみのとえみゅ〜の他に、今朝到着したクロとマサが加わり、Comp−usは総勢12名と言う大所帯となった。

こんなに大勢でレースする経験も、勿論始めての事。

到着してすぐに、クロには大仕事が待っていた。2セット分のホイールに新品のハードスリックを入れ替えてもらう。

少なくとも8時半から始まるフリー走行迄には、1セット分の入れ替えを終わらせていなければならない。

決勝で交換するタイヤをフリー走行で履き、皮むきをしておく為だ。

スタートライダーとチーム監督はブリーフィングの出席が義務づけられている為、該当者のアキラとGOMAにそれを任せる。

RSオータはフロントブレーキのパッドを面取りしている。交換後のホイールを入れやすくする為だ。

両側のキャリパーを外さないでタイヤ交換する事で、その時間短縮を狙う。

俺は昨晩の内に立てた作戦をクルーに配布する為、プリントアウトしようとするが、ピットの電源が一つしか確保出来ない為、
ピット隣のトイレ脇にPCとプリンターをセットする。
Excelからプリンターへの出力要求を行った所で後はマサに見ててもらい、俺は決勝用のトランスポンダーを取りに行く。

車の運転出来るトシには氷やらなんやらの買い出しに行ってもらう。

全員、朝から妙に忙しい。おのずと緊張感が高まってくる。

プリンターから出てくる白紙がこの忙しさに拍車をかける。原因を調査している暇も無い。

昨晩に出した、決勝の役割分担と交代のタイミングなどが指示されたこの作戦シートは1部しか手元にない。

これ1部でクルー10人が打ち合わせするには無理がある。

ブリーフィングから帰ってきたGOMAがこの状況を知り、すかさずコントロールタワーにコピーを頼みに行く。

そして何の打ち合わせも出来ないまま、8時半からのフリー走行が始まろうとしていた。



交換用タイヤの組み替えは終わっておらず、間に合わない。昨日の70耐で使用したタイヤのままでの走行を余儀なくされる。

この2日間、フロントのセッティングは3人ともアキラに合わせて走っている。俺は気にならないのだが、RSオータの好みとはまるで方向性が違う。

旋回性を殺してでも、ガチガチに固めて思いっきりコーナーへ進入するタイプのアキラと相反して、
RSオータはサスの動きをアクセレーションで同調し、車勢をコントロールするタイプ。

フリー走行では、圧側のダンパーを1ノッチ抜いて走ってみる事にする。これだけの調整範囲なら決勝中のライダー交代時にも作業出来るレベルだ。

アキラはサイティングラップとウォーミングアップラップがある為、出走しない。
第2ライダーの俺と第3ライダーのRSオータは交代してからいきなり全開走行しなければならないので、半分ずつ走る事にする。

8時半、30分のフリー走行が開始された。最初に走るのはRSオータ。

2周目、20秒。3周目、19秒。自己ベストに匹敵するタイム。そして4周目に18秒69。自己ベスト更新。

若干フロントを柔らかくした事で、随分乗りやすくなったようだ。ピットインサインを提示する。

そして俺へとライダー交代。これから迎える7時間耐久に向けて、体の慣らしに徹する。


ピットアウトして1,2コーナーを回る。後ろから来るライダーに容赦なく抜かれるが、3コーナー迄のストレート1本で
他のレーシング走行車両に加わる事が出来る。

当たり前だが、今走っているライダーは全員決勝に駒を進めてきた人達だ。

紛れもなく俺らもその一角を担っている。何となく優越感に浸ってしまう。

1周目、2周目と17秒後半。

それにしても同じ時間に60台が走っていると、さすがに多い。クリアラップなんか殆ど無理な状況。

やっとこさ決勝に上がれた俺らだが、それでもバイクは前からバンバンやってくる。

3周目に15秒代。

(こりゃ決勝も大変だな・・・。)

4周目、17秒。5周目に16秒でチェッカー。フリー走行が終了した。



ピットに帰ってくると一息入れ、決勝の打ち合わせを始める。

2週間程前から検討を始めていたが、昨晩の打ち合わせで大きく変わった点がある。

ライダー交代のタイミングとその基準だ。

まずスタートがアキラでゴールがRSオータ。これは最初から決めていた事。
1回の走行時間は燃費のデータから、ピットイン周回,ピットアウト周回を考慮して、22周の約52分。

これを前提に7時間(420分)を考えると、こうなる。

7hスケジュール 第1版
走行回数ライダー走行時間
アキラ1回目52分
Pit -in給油1回目1分
HIRO1回目52分
Pit -in給油2回目1分
RSオータ1回目52分
Pit -in給油3回目1分
アキラ2回目52分
Pit -in給油&タイヤ交換4回目4分
HIRO2回目52分
Pit -in給油5回目1分
RSオータ2回目52分
Pit -in給油6回目1分
アキラ3回目52分
Pit -in給油7回目1分
RSオータ3回目46分
合計420分

つまり、時間を基準にしてライダー交代する方法。これだと計画が立てやすいし、
決勝中に何かあった時も、時系列になっているので補正しやすい。

が、しかしその反面、ピットイン・タイミングの判断をピットに委ねる事になる。

ライダーは丁度49分から50分の間にホームストレートを通過するとは限らないし、その半分で通過した時に
もう1周走らせるのかピットインさせるかの判断が難しくなる。
それに3人ともタイムにばらつきがある。

そこで、やはり時間ではなく、周回数をライダー交代の基準にする。
予定走行時間は各ライダーの平均タイムで割り出す。

7hスケジュール 第2版
走行回数ライダー周回数予定走行時間
アキラ1回目2252分
Pit -in給油1回目1分
HIRO1回目2252分
Pit -in給油2回目1分
RSオータ1回目2252分
Pit -in給油3回目1分
アキラ2回目2252分
Pit -in給油&タイヤ交換4回目4分
HIRO2回目2252分
Pit -in給油5回目1分
RSオータ2回目2252分
Pit -in給油6回目1分
アキラ3回目2252分
Pit -in給油7回目1分
RSオータ3回目2046分
合計174420分

昨日迄は、このスケジュールで行く予定だった。しかし・・・。

「ってゆーかさ、50分ってキツイって。」70耐で50分走行を経験したアキラが笑いながら言う。

考えてみれば、40分の特別スポーツ走行でも結構キツかったのに、50分を3回ってのはちょっと無理があったのかもしれない。

まぁガソリンもイマイチ信憑性に欠けるデータで計算しているし、ここは安全策をみて一人当たりの周回数を減らす事にする。

耐久は安全確実が第1だ。途中でガス欠になんかなったらシャレにならない。

と、本当は体力の問題な所を燃費のせいにして再度計画を練り直し、最終結果を出す。

ピット(或いはグリッド)からストレートを通過する迄の1周を含めて、19周目通過時にピットインサイン提示。合計20周の約45分計算。

公式練習から今迄のタイムから平均ラップタイムを予測し、これも又調整する。各ライダーのベストラップはここ2日で最大3秒近くも上がっている。

プラットフォームは各ライダー毎に専属の2名を配置。タイヤ交換はフロント3名、リア1名。

計画表には記載されていないが、マサにはピットでの記録係をやってもらう事にする。

なるべく1つの仕事は7時間の間、一貫して1人の担当者が行う事にする。担当となった者は、その責任と自覚を持って仕事をこなす。

12名全員の仕事が分担された。これを元に各担当同士で意識合わせを行い、具体的な動きとしての確認を行う。



フリー走行が終了してからずっと、L1−A氏とクロにはフロントフェンダーの取り外しをやってもらっていた。

フェンダーを固定しているCリングを外す為には、一度フロントフォークを落とさなければいけない。以外と時間がかかる作業。

ピット作業の打ち合わせが終わった頃、気づくとスタート前チェックがとっくに始まっており、残り時間も少なくなっていた。

フェンダーが取り外され、フォークが組み付けられた。慌ててステアリングダンパーの位置合わせをするが、これが又時間のかかる作業。

倒立にした為、うまくやらないとダンパー調整部がアッパーカウルと干渉してしまう。

ホイルも新品タイヤが付いたものに交換しなければならない。

(やっべ・・・。)焦る。

スタート前チェック終了迄残り10分の所でなんとか終わらせる。

「所でガソリンは?」

「まだ。もう時間無いから先チェック通してくるか。」

「・・・・いや、ちょっと待て・・・。ダメだ。」

特別競技規則
 第8章 第33条
 33−6
 指定された時間割により各チームは燃料供給、走行直前の車両チェックを受けたのち、
 指定されたポジションに整列する。この時以降のマシンの変更、給油は出来ない

「ガソリン!」携行缶の中は空。

RSオータが走って買ってくる。時間がない。急いで満タンに入れ、エンジンをかけてバイクに跨り、そのまま走って車検場に向かう。

ギリギリセーフ。しかしホッと胸をなで下ろすのもつかの間。今度は車検員にフロントブレーキのパッドピンをワイヤーロックするよう、注意される。

「あ。はい。やっときます。」とバイクを動かそうとする。

「いや、ここでやって。ピット行くとわかんなくなるから。」

「え!?あ。はい。」

丁度RSオータとアキラが駆けつける。

「なに?なんかあった?」

「キ、キャリパー!・・・ワイヤーロック!ワイヤーとツイスター!」やりたい事と、欲しい物しか口から出てこない。
とっさに状況を説明する事が出来ず、自分でも慌てているのがよく分かる。

アキラに取ってきてもらい、RSオータは左側、アキラは右側のパッドをワイヤーロックする。

パッドピンにロック用の穴は空いておらず、溝が掘ってあるタイプ。なかなかワイヤーが引っかからない。
本来ならワイヤーで繋がれたベータピンを差し込んでおけばそれで済む事なのだが、今更言ってもしょうがない。

やっと両方のピンをワイヤーでロックし、車検員にチェックしてもらう。

車検場を出ると、急いでピット迄バイクを押していく。ここから先は指示がある迄、エンジンの始動は禁止される。

レーススケジュールはピットウォークの終了間際。キャンペーンガールとの写真撮影をよけながら32番ピットへバイクを進める。

ピット前へ到着とると、すぐにクロとローが前後のホイルを交換してくれる。

アキラがツナギに着替えてスタートを待っている。

なんとか間に合った。RSオータがマシンの最終チェックを行っていた。



スタート進行が始まった。ピットアウトするアキラ。サイティングラップを走行し、53番手グリッドにバイクを整列させる。

位置的には最終ピットも終わったあたり。かなり後方。ポールが遠すぎて見えない代わりに、最終コーナーがそこに見える。

しかし、もう順位などどうでもいい。ここまで来れたらあとは7時間を思いっきり楽しんで、完走するのみ。

後ろには、我々と同じく敗者復活からの勝ち上がり組が3台。さらにその後方には主催者推薦を得たチームが4台。

決勝グリッドの60台が全て揃った。

グリッドで記念撮影。

チーム紹介の場内アナウンスが終わる頃、バイクを支持するL1−A氏以外のチームクルーはコースから退場する。

ウォーミングアップラップを終え、各ライダーは再び元の位置にバイクを止める。

俺はピット上でスタートの瞬間を見届ける。

スタートはル・マン式。L1−A氏がコースのピット側でFZRを支えている。アキラ他ライダー全員がコース反対側でスタートを待つ。

スタート開始1分前のアナウンスが流れる。

「あれ・・・?」なにやら顔に雨が当たった気がする。

上空を見上げると、薄い曇り空の端々に濃い雲が流れている。

気のせいではない。確かに雨だ。スタート直前にポツリポツリと雨粒が落ちてくる。アキラもこれに気づいた様子。

しかしこれはちょっとした通り雨程度で、すぐに止む。コース上は完全ドライ。

電光掲示板のカウントダウンは残り30秒前をきった。

耐久特有の、このスタート前の静けさが緊張感をいっそう増幅させる。

10秒前!

5・4・3・2・1・スタート!

各ライダーが一斉にバイクに駆け寄る。ホームストレートに60人分の足音がこだまする。

エンジンが始動され、次々に発進していく。アキラもうまくスタートの波に乗れた。

しかし、1コーナー迄のストレートで、スタートダッシュのいいビックバイクに抜かれまくる。

1周目、アキラは後ろから3番手でセカンドアンダーを抜けてくる。
最終シケインの1つ目で前のバイクをアウトから被せて抜く。しかし、その後のストレートで一気に又抜き返される。

「1周目から気合い入ってんな。」

午前11時丁度。7時間の耐久レースが今、始まった。



ピットに戻り、RSオータに相談する。

「雨、あやしくない?」

「う〜ん。確かになぁ。微妙なとこだね。」

「降ったらアウトだし、今のうちにやっとこうか。金もったいねーけど。」

「そうすっか。」

スペアホイルは2セットある。その内1セットは既に交換用の新品スリックを履かせてある。

もう1セットのスペアをタイヤサービスへ持っていき、新品のレインを入れてもらう事にする。L1−A氏とクロにこれを頼む。

俺は皮むきが出来なかった交換用のスリックにヤスリ掛けする。
1周目から全開で行かなければいけないので、見た目にもツルツルテカテカしている新品スリックは、やはり気になる。

ライダー交代迄、10分前。ツナギに着替え、出走の準備をする。

「今出した!」ピットインサインが提示された。後3分以内に戻ってくる。

その時だった。再び雨が振り出したのは。

ピットの外に出て空を仰ぎ、路面を見る。最初はスタート直前と同じようにパラパラと降っていたが、その内一気に降りだした。

アッという間に目の前のパドックが雨に包まれる。路面は見る見る黒く濡れていき、どう見てもウェット。

「どうする?!換える?!」判断を促される。迷っている時間は無い。

「うん、換えて。レインでいく。」スリックでこんな路面を走ったら一発転倒だと思った。

冷静な状況判断と言うより、心理的にレインタイヤへの交換を希望した。

突然の雨で、いきなり予定外のタイヤ交換。ピットはその準備で慌ただしくなる。

1分程してアキラがピットインしてきた。

即座にレインタイヤをつけたホイールへの交換作業を開始する。

レインタイヤへの交換。

他のチームも続々とピットインし、レインへの交換が行われている。

タイヤ交換が終わり、バイクに跨ると給油が開始される。既に雨は止みつつある。

高い路面温度が、濡れた路面を乾かし始めた。

(まいったな。失敗だったかな・・・。)タイヤ交換の判断を謝ったのかもしれないが、もう遅い。

給油時間の1分が経過し、ピットアウト。

(いきなりレインかよ・・・。)

慎重に1,2コーナーを回る。スピードが遅すぎてステアリングダンパーの減衰力が働き、フロントがフラフラする。

コースに出てみると、思ったほど路面は濡れていない。

コーナーにより、殆どドライだったりウェットだったり。

(どうする?戻るか?)判断に迷うが、とりあえずもう1周し、様子を見ることにする。

ホームストレートを通過し、1コーナーへ進入する。

ピットアウトした時より濡れていない。コース全体が急激に乾き始めている。空はまだポツポツと細かい雨を落としている。
ストレートで前のバイクが飛ばした水しぶきがスクリーンにかかる。

乾いた路面を走ったレインタイヤはその温度を上げ、グニャグニャとバイクを不安定にする。

(こ、こんなんじゃ走れねぇ・・・。)進入からコーナリング、立ち上がりに至るまで常にバイクはフラフラとしている。

東コースに入ると結構濡れている部分も多い。しかし、乾くのも時間の問題だろう。あと10分もすればスリックでいけるはずだ。

ピットへは入らず、もう1周する。ホームストレート通過時に、右足でピットインの合図を送る。

そして1コーナーのブレーキング。

ブレーキをかけた瞬間、やばいと思った。スリックと同じ気分でフロントに過重をかけすぎた。

2周のハーフウェット走行で、いい加減に柔らかくなったレインタイヤは、ブレーキングによる過重を受け止めてくれない。

ブレーキを握りしめながら、フロントからくる挙動と格闘する。路面はまだ所々雨で黒くなっている。バイクは全然減速しない。

「くっ・・・。」(ダメだ!出るっ!)

オーバーラン!

1コーナーのゼブラを越え、深いグラベルに入っても尚、バイクは止まろうとしない。

グラベルの抵抗力でフロントは力の逃げ場を失い、ハンドルが左右に振られる。

(転んじゃダメだ・・。絶対ダメだ・・・。)

両手でハンドルをガッチリ押さえ込む。意地でも転ぶ訳にはいかない。

やっとの思いでバイクが止まろうとする。なんとか転倒だけは免れた。

しかし、もてぎの深いグラベルに一旦つかまるとなかなか抜け出せない。

(止まったら終わりだ。)この重い400の車体を一度止めてしまうと、抜け出すのに苦労する。

ついさっきまで止まることに集中していたが、今度は一転、止まらせない事に集中する。

半クラを当てながら、足をバタバタさせ、方向転換を図る。

ランオフに数10メートルも突っ込んだ為、コース迄随分距離がある。

両足とリアタイヤの駆動力でバイクを進めようとする。止まりそうになり、焦って回転を上げると、リアが一気に沈んでいく。

(オフィシャル!)オフィシャルの手を借りようと振り返るが、1コーナーのポスト迄はかなりの距離がある。

ポストの手前、遙か彼方で黄旗を振りながら、こちらに向かって走ってくる。

オフィシャルの手助けを諦める。自力で脱出する方が早そうだ。

両手でハンドルを押しながら足で地面を蹴り、なんとかこのアリ地獄から脱出する事に成功する。

かなり遅れた。相当のロスタイムになってしまった。

慎重に1周し、ピットへ戻るとスリックが用意されて待っていた。

一旦バイクを降り、タイヤを交換して再度ピットアウト。


(相当ロスしちゃったなぁ。それにしても・・・恐かったぁ。)

コースを1周する。路面は完全ドライと言ってもいい状況迄乾いてきた。

(さって、ぶちかましていきますか。)そう。この安定感、グリップ感、剛性感。スリックって素晴らしい!

1周目19秒代から、18秒、17秒、16秒と1秒ずつタイムを縮めていき、ピットアウトしてから8周目に14秒代がでる。
相変わらず前からどんどんバイクがやってくる。殆どがビックバイク。

ストレートで速いVTRもコーナーは苦しそう。

そして又1台のVTRをヘアピンでインから抜かせてもらう。

立ち上がりの2速に入れた所で、先程抜いたVTRが右側から抜きかける。

(ま。しょーがねーやな。)ストレートの速いバイクに抜かれるのはもう慣れていた。

しかし、慣れない事件がここで起きる。

右側から寄ってきたVTRは、FZRのフロントタイヤをかすめるようにして抜いていく。

(あぶねっ!)反動で一旦コースアウトするが、そのままアクセルを戻してコースに復帰する。

(なんだあいつ・・・。あっぶねーなぁ。)不可抗力か?まさか故意にやった訳ではないだろう。

(おもしれーじゃんか。何度でも抜いてやる。)

ダウンヒルのブレーキングで詰めるが、抜く迄には至らない。真後ろにつけ、最終コーナーを立ち上がる。

ホームストレートでぶっちぎられるが、1コーナーの進入迄には充分追いつく。

アウト側から立ち上がりラインにバイクを乗せ、2コーナーの立ち上がりで再び抜き返す。

体がぞくぞくする。レースって奴はこれだからやめられない。

2コーナーを立ち上がると、レーシングラインは一旦右に寄せる形となる。
バイクを助々に右側に寄せていくと、又その右側から接触寸前で抜き返される。

(やろう・・・やっぱわざとか。)

すかさず3コーナーのブレーキングで前に出るが、ファーストアンダー迄のストレートで簡単に抜き返される。

5コーナー手前で抜いておかないと、S字のおいしい区間を生かせなくなる。

しかし、他のバイクに阻まれて抜くことが出来ない。

一旦ひいて、次のチャンスを伺う。

130Rを立ち上がり、S字の進入迄には充分追いつくことが出来る。

S字の2つ目をアウト側から被せるように抜いてみる。その後のタイトなVコーナーや、ヘアピンで抜き返される事はない。

ダウンヒルストレート。6速全開の区間で、又かすめるようにして抜いていくさっきのVTR。

(あ・・・あったまきた!)理性を越えた。

ダウンヒルのブレーキングで抜き返し、最終立ち上がり迄に引き離そうとする。

しかし、ホームストレート1本で簡単に抜き返されてしまう。

(てめぇもライダーならコーナーで勝負してみろっ!)

今度は1コーナーの進入でインを刺す。グルッと回り、2コーナーを立ち上がる。

(抜けるもんなら抜いてみろ!)

言われなくても、ストレート1本あれば簡単に抜いていく。しかも、今度は右から左に蛇行しながら抜いていった。

又フロントが接触しそうになる。完全に走行妨害だ。

(あのやろぅ・・・何考えてんだ!)

こんな事が数周続いた。実際に当てられた事もある。

(あいつ・・・あいつぶっちぎる迄戻りたくない・・・。)

しかし、予定周回は後わずか。そして19周目、ピットインサインが提示された。

(あのやろぅ。今度見つけたらただじゃおかん!)

頭に血が上った状態のまま、ピットに戻る。

そしてガソリン補給。RSオータとライダー交代。

給油の間、タイヤの減り具合を確認する。全然OK。RSオータにその旨伝える。
そして、「@色のVTR、気をつけろ。ぶつけてくるぞ。」を付け加えておく。

その時、タンクサイドにガソリンがこぼれる。

「ウェス・・・。」

「ウェス!」

周りに居る人達を見渡す。誰も動こうとしない。

声が割れる程、怒鳴る。

「ウエスゥ!!」自分でウェスを探す。

「ウェスあそこにあるよ。」ビデオカメラを撮影しているアキラがバイクの下にあるウェスを指さす。

既に、L1−A氏が自分の軍手でタンクにこぼれてついたガソリンを拭いている。

「ったく。なんで誰も作業しねんだよっ!」怒鳴り散らしながらピットの奧へずかずかと引っ込み、ブーツとツナギを脱ぐ。

1分が経過し、RSオータがピットアウトしていく。

ピットアウトシーンを写したアキラが、「お疲れさまでしたぁ。」と、こちらにビデオカメラを向ける。

怒った顔のまま、無言で首をちょこっと上下に動かす俺。

すかさず引いていくアキラ。誰も俺に近づこうとしない。



Tシャツに着替え終わり、顔を洗いに行く。

(・・・なに言ってんだ俺。頭を冷やせ。)

コース上の出来事に対し、事もあろうに自分のピットに居る仲間に対して八つ当たり。

(・・・又やっちゃった・・・なっさけねー奴だな。)頭から水を被る。

ピットに戻り、落ち着きを取り戻す。

モニターで順位を確認すると、ゼッケン78番は40位につけている。


いつの間にか、10番以上も順位を上げていた。

4周目に自己ベストの16秒代に入れたRSオータは、その後も順調に周回を重ねている。

RSオータ担当のえみゅ〜と、みの。

RSオータの走行時間が残り10分となった所でさらに1つ順位が上がり、39位。

アキラ、2回目の走行準備。

そのままの順位で予定の周回を終え、RSオータピットイン。アキラへと交代する。

午後1時27分。レインタイヤの騒ぎで、予定の時間を5分程オーバーしている。


給油中、タイヤを確認する。前後とも全く問題なし。

1分経過後、2回目の走行に出ていくアキラ。


1回目の走行が終了した直後、見知らぬおねーさんにインタビューされるRSオータ。

「大排気量車とのハンディーを感じますか?」とか聞かれてる。(感じるっちゅーの!)

12人分の食料を買ってきてくれたトシが戻ってきた。コンビニを2件ハシゴして来たらしい。

そう言えばもう1時をとっくに過ぎている。空腹感を感じない為、気づかなかった。

作業の合間を見て、食べられる人は各自交代しながら食事をとってもらう事にする。

それにしてもダンボール2箱に詰め込まれたあらゆる種類の食料は、12人分を軽く越えていた。

「うぉっ!・・・・すげー一杯買ってきたねぇ。おぉ!こっちもこんなに沢山・・・。」

「いやぁ。だって12人分って想像つかないし。」

「そ、そっか。まぁ食ってくれ。」




見えねって。

2回目の走行時間が近づく。

ツナギに着替え、走行中のアキラのタイムを見に行く。

ラップチャートには12秒から13秒と言うハイペースでの周回が記録されている。

順位も、37位、35位、34位と上げていき、19周目にホームストレートを通過した時点では33位。タイムは予選に匹敵する12秒27。

(ち、ちょっとすげーなぁ。)

再び緊張の波が押し寄せてくる。俺の走行中に順位を下げたくない。

次はタイヤ交換。各担当が交換の準備を行い、配置につく。

2時15分。予定周回数を終え、ピットインしてくるアキラ。

給油を先に済ませ、1分経過後に前後のタイヤを交換する。

ピット作業はライダーの乗降も含めて4人迄と決められている。

前3人、後ろ1人で交換が行われる。

L1−A氏がフロント左側の担当作業を終え、リアのサポートにまわる。

きびきびとして、レース慣れしている事がよく分かる。

先にフロントの交換が終わり、バイクに触れている人間が3人となった。

L1−A氏の合図と共にバイクに跨る。ブレーキペダルを何度も踏みつけ、パッドをディスクに当てる。

バイクの前面に立ち、フロントスタンドを外すタイミングを計っているRSオータ。

リアのアクスルが間もなく締め終わる事を確認し、スタンドを外す。

クラッチを握り、エンジン始動。リアスタンドが外され、両輪が地面につくと同時に発進。

(そんじゃ、一発気合い入れて行きますか。)ピットアウト。




ヤスリで皮むきをしたせいか、路面温度が高いせいか、いきなり強大なグリップ力を発揮する新品スリック。

1周目から、遠慮なく全開でいける。

ピットアウトしてから3、4周程走った所。前から見慣れた色のVTRが近づいてくる。

(ま、まぁた君かぁ・・・・。)

1コーナー、3コーナーと無理をせず、立ち上がりラインにバイクを乗せ、ピタリと後ろにつけて走る。

そして5コーナー進入。インを刺す。

立ち上がって、ややバイクを右に寄せ、センターから130Rへ進入。

(よし。これじゃ抜けないだろう。)ここで前に出ておけば、この後のS字とVコーナーで充分離す事が出来る。

ヘアピンを立ち上がり、3速に入れた所で後ろを振り返る。誰もいない。

(おっけー。ぶっちぎってやった。)気分は上り調子。ガンガン攻めていく。

タイムは17秒から、16秒、15秒後半、15秒前半、14秒と確実に縮めていく。

3コーナー進入で、400のCBRに追いつく。敗者復活の70耐を1位で勝ち上がってきたチームだ。

(お互い、苦労しまんな。)

4コーナー立ち上がりで前に出ようとするが、あっちの方が加速がいい。徐々に離されていく。

(あんまし苦労してないよーでんな・・・。)同じ400でも結構差があるもんだ。

5コーナーの進入で抜こうとするが、そこらのビックバイクと違い、一発じゃなかなか抜かせてくれない。

130Rを真後ろに付けて走行する。

(S字で行かせてもらうか・・・。)

進入でイン側に付け、立ち上がりを狙う。

CBRに合わせてS字に進入しようとした時、アウト側から被せてくるもう一台のバイクが現れた。

これも400。ZXRだ。一昨年あたりまでハイランドのSP400を常勝していたチームのバイク。

S字一つ目で俺を抜き、CBR、ZXR、FZRの順で3台同時に立ち上がる。

(こいつぁおもしれぇ。いっちょSP400といきますか。)

しかし次のVコーナー進入でCBRも抜いていくZXR。

(やべっ。おいてかれる。あいつはぇーなぁ。)

ヘアピンの進入で少々強引にCBRのインを刺し、ZXRに追いすがる。

ダウンヒルストレートでどんどん離される。あのZXRも速い。

(にゃろぉ。こっちゃースリック履いとんじゃ!)

ブレーキングで詰めようとするが、奴のブレーキングも鋭い。

前からやってくるバックマーカーを次々に処理していくZXR。抜き方がうまい。さすがにレース慣れしている。

SPタイヤの400に負けたんじゃぁ面目が立たない。必死になって付いていく。もう前を行くZXRしか目に入らない。

8周目のホームストレート通過時、サインボードを確認する。

  13−
  32
   8

13秒。70耐で気絶中に出したタイムだ。

しかし今は違う。全身の感覚が、先行するZXRに追いつく事のみに集中している。

目標を1点に絞られた神経は研ぎ澄まされ、肩の力が抜け、むしろリラックスしている状態に近い。

この後、7周続けて13秒代。ZXRはつかず離れず。

そして16周目、ついに12秒代が出る。12秒53。自己ベスト更新。

周回遅れの処理に手間取っている間に離され、近づいた頃又周回遅れに捕まる。

そんな事を繰り返しているうちに、19周目が終わる。サインボードにピットインが指示されている。

  PP−
  PP
  19

俺を楽しませ、走ることのみに集中させてくれたZXRに別れを告げ、ピットに戻る。

ピット前でバイクを停止させ、エンジンをきる。

交代の方法は、走ってきたライダーは右側へ降り、これから走るライダーは左側から乗る。
そしてライダーの乗車後、給油を開始する事にしている。

しかし、右側にRSオータは立っていない。いつもの癖で、思わず右側から降りてしまう。

誰も乗車していないFZRに給油が開始された。

「パッド換えるから。」とRSオータ。

「あ。そう?減ってんの?」

「いや、さっきのタイヤ交換で見たら、あと1本分くらいだった。」

「あぁ。そうなんだ。」

事情を知った俺はピットに入り、Tシャツに着替える。

当初から懸念されていたブレーキパッドの耐久性。
テストする時間も無く、データが取れていなかったので、決勝中のピットイン時に確認し、場合によっては交換する事になっていた。

給油時間で規定されている1分の間に、パッド交換の準備を行う。1分が経過するまでバイクに触れてはいけない。

時間計測しているオフィシャルの笛を合図に、左右のパッド交換が開始される。

走行直後の熱く焼けたブレーキユニットは、軍手を通し、簡単にその熱を素手に伝える。

車検で注意されたワイヤーロックにも手間がかかる。

出走直前のRSオータが心配そうに作業を見守る。

作業開始から丁度5分。交換が終了し、RSオータがピットアウトしていく。時刻は午後3時9分を過ぎたところ。




1回当たりの走行時間は約45分の為、次の走行まで1時間半程空く。

遅くなった昼飯を食い、最後の走行に備えてスタミナを付けておく。

モニターを見ると、現在31位から32位で走行している。大きな順位の変動も少なくなり、今の所この辺で落ち着いている。

「31位かぁ・・・。」

70耐により決勝の出場資格を得られた時から、目標は完走する事のみだった。

しかし、人間ってのは欲が出るもので、こうなってくると賞金獲得の30位を狙いたくなる。

20位から30位の賞金は5万円。もうすぐそこまで手の届く位置に居る。

「今度も又ギリチョンアウトで3位だったりするんだよね。」

「ははは。まぁいーじゃん。ここまで来たら、あとは無事完走出来ればそれに越したことはないよ。」

「まぁ、そうね。そうなんだけどね。」

タイヤとパッドを換え、ピット作業もあとは給油のみ。

今の所大きなトラブルも無く、ここまで来ている。順調と言っていいだろう。

アキラと話をし、それぞれ残りの1本はエンジンに負担をかけないように走行する事とする。

RSオータは計ったように、11周目から最後の19周目迄、一貫して18秒代で走行している。

午後3時55分。2回目の走行を終え、RSオータがピットインしてくる。


3サイクルのうち、これで2サイクルが終了した。後は3人それぞれ1本45分ずつ走りきり、無事チェッカーを受けるだけ。

アキラが個人最後の走行に出ていく。

13秒後半から15秒前半のタイムで周回を重ねるアキラ。


俺への交代迄残り5周となった所で、ついに30位となる。

「30位に入ったかぁ。」

完走は分かっている。分かってるが、順位的にここまできたら30位以内に入りたくなってくる。

30位をキープしたまま、最後の走行を終え、アキラがピットインしてくる。


今まで同様、先に交代を済ませ、給油を行う。

給油中、アキラが話しかける。


「なんか、ブレーキおかしいよ。」

「え!?どゆ事?」

「なんかね、ブレーキかけるとフロントからもの凄い振動がくる。1コーナーとか。大丈夫だと思うけど気を付けた方がいいよ。」

「パッドかな?でもオータなんも言ってなかったしな。」

「うん。俺ん時はピットアウトしてすぐなったよ。ピット入ろうか迷ったけど、なんとか走れるみたい。」

「そっか。ま、おめーが45分走れるならだいじょぶだべ。」



1分が経過し、最後の走行に出ていく。

アキラの言う通り、確かにS時や1コーナー入り口のブレーキングで、かけた瞬間から振動が発生する。

まるで削岩機のよう。

特に大きな問題とならない事を、身体が理解するのに数周を必要とする。

順位は変わらず、30位。

(29位・・・いや、28位だ。28位以内でオータに渡せば可能性はある。)

エンジン温存の為、ホームストレート、2コーナー立ち上がりのストレート、4コーナー立ち上がりのストレートで6速を使用する。

ヘアピンは1速をやめ、2速で進入し、立ち上がる。

その間、タイムは14秒から16秒。

走行も終盤に入った頃、やっと29位まで順位を上げる。

  14−
  29
  13

(おし!あともう1番上げとくべ。)


しかし、その後何台抜いても29位のまま。抜いたバイクは下の順位か上の順位か検討もつかない。

結局29位のまま、最後の走行を終了する。

L1−A氏とえみゅ〜


「これが最後だ!思いっきり楽しんで来やがれっ!!」

そしていよいよ最後の走行。

午後5時30分。チェッカーの6時迄、残すところ後30分。

RSオータに全てを託す。

最終走行に向け、チェッカーを目指し、RSオータがピットアウトしていく。



モニターで順位を確認する。

ピットインのロスで32位迄順位を落としている。

そのままの順位で3周程周回を重ねるが、4周目、1番上げて31位。

そして、10周目。チェッカー迄残り10分。ついに30位迄浮上する。

これでピットは大盛り上がり。

(このまま。頼むっ。このまま終わってくれっ!)

モニターで後続の31番手を見てみる。

(ば、バイクは・・・。げっ。RVF!)

「31番手走ってる奴、RC45!なんかもの凄い勢いで追い上げてるとかないかね?」

プラットフォームに行き、後続とのタイム差を計る。

「次、オータが通過してから、ゼッケン50番とのタイム差見ておいて。」

「50番って31位走ってる人ね。了解。」

「俺、50番のタイム、計測するから。」

11周目、最終コーナーを立ち上がってくるRSオータ。

「来た!」

ホームストレート通過。計測開始。

1秒・・2秒・・3秒・・。

「あっ!あれかっ!?」

「い、いや違う・・・。」ハラハラする。

10秒・・11秒・・12秒。

6時迄、あと10分をきった。残り周回数は3周か4周。

50番のRC45は何秒で走ってるんだろう。何秒差あれば安全圏なのか・・・。

15秒・・16秒・・17秒・・。

ゼッケン50番はまだ最終コーナーから姿を現さない。ストップウォッチを握る手が汗ばむ。

20秒・・21秒・・22秒・・。

「そ、そろそろ大丈夫かな。」これだけ離れていれば、1ラップ5秒差でも追いつけない。

25秒・・26秒・・27秒・・。

「もう大丈夫だな。楽勝で安全圏だべ。」不安感が期待感に変わってくる。嬉しさがこみ上げてくる。

30秒・・31秒・・32秒・・。

ゼッケン50は、まだ来ない。

「・・・見逃したかな?」

35秒・・36秒・・37秒・・。

「こ、こんな離れてる?なんかアヤシイな。」段々と又不安になってくる。

40秒・・41秒・・42秒・・。

「ってゆーか、走ってんのかな?」

45秒・・46秒・・47秒・・。

「来ねーなぁ・・。あっ!来たっ!あれだっ!!」

最終コーナーを立ち上がると、レーシングラインを外し、ピット側にバイクを寄せてゆっくりと目の前を通過するゼッケン#50のRVF。

「・・・トラブってる。」54差で通過するRVF。ラップタイムを計測する必要が無くなった。

「おっけ。31番手は大丈夫。んじゃ、32番手の奴大丈夫かな?」

「いや、そりゃねーだろ。もう大丈夫だよ。」

「そ、そっか。そうだよな。」

午後5時59分30秒。13周を消化し、14周目に突入するRSオータ。ファイナルラップ。

ピットに居る人全員がプラットフォームに駆け寄り、RSオータの通過を待つ。

そして午後6時を過ぎた。トップが最終コーナーを立ち上がり、電光掲示がチェッカー表示となる。

一斉に拍手がわき起こり、次々とチェッカーを受けるライダー達。

「頼むよぉ。転ばないでちゃんと戻って来いよぉ。」このまま何もなければ30位。信じられないが、しかし事実。

RSオータが最終コーナーから立ち上がってくる。まっすぐこっちへ向かって走ってくる。

「来たぁ!来た来たぁ。」

「おおたぁぁぁ。」

「おおたさぁぁぁん。」

「きゃぁぁー。」

俺らの目の前で、左手のガッツポーズをかかげるRSオータ。感動で鳥肌が立つ。

「うおぉぉぉぉ。」

「すげぇぇぇー。やったぁぁぁー。」感極まる。

アキラと無言の握手をする。

やった。俺達はやった。

なんかおかしくなって、笑いが止まらなくなる。

あまりのおかしさに立っていられない。

その場にしゃがみ込み、下を向いて1人で笑っている。

おかしくて、おかしくて涙が出てきた。

(あ、あれ?・・・笑っているのに涙出てくる。何でだろ?バッカみたい。)

頭にまいてあるタオルで目頭を押さえる。

(俺らって何なんだ・・・すげーよ・・・凄すぎるぜ)

あまりしゃがんでいても変なので、立ち上がって顔を上げる。アキラの顔を見るとその目にも、うっすらと涙が浮かべられていた。

Comp−usは無事7時間を走りきり、午後6時1分50秒、その暑く長い戦いにピリオドを打った。



ペースカーを先導にして、全車ホームストレートに戻ってくる。

RSオータも手を振りながらこちらにやってくる。

あまりにもゆっくりと通り過ぎる為か、ヘルメットの中で、やや照れ顔のRSオータ。

1周のパレードラップを終え、全車車両保管。RSオータがピットへ帰ってくる。

グランドスタンド前に設置されていたステージでは、表彰式が行われている。

午後6時40分、決勝の暫定結果が発表された。完走52台中、30位にゼッケン#78、Comp−usの名が上がっている。

間違いない。俺らは本当に30位に入っている。
6位に入ったi−FACTORYのNSR(はっきり言ってF−3)は別として、中排気量クラスでは2位。

70耐からの勝ち上がり組では最高位。

因みに俺が必死になって追いかけていたZXRは39位にいた。

これ以上無い、出来過ぎの結果となった。

そして午後7時15分、暫定結果と同じ内容で、正式結果が発表される。

両隣のピットでは、お約束のビールかけが始まっていた。

奇声を上げながら、お互いの頭や背中にビールをかけ合う大人達の行動に首を傾げ、呆然と立ちすくむ子供や、
ピットロードに避難し、柱の陰から恐る恐るピットの様子を伺っているおじさんが笑わせてくれる。

みんな大騒ぎで、酔っぱらってる。ピット内は一気に酒の臭いで充満した。



「なんかこれ、もらったらしいんだけど。」と、何か紙切れを見せるアキラ。

「ん〜?シャンパン引換券?」

「コースかどっかでやるらしいね。」30位迄入った全チームに、その券は渡されたらしい。

「へぇ。なるほどねぇ。」

「あとね、KAZUがベストヘルパー賞だって。」

「あら!本当。すげーじゃん。よかったね。」ひたすら恐縮しまくっているKAZU。

「で、なんか白いテントんとこで待機しててくれって。」

「表彰式ね。んじゃいこーぜ。」ひたすら緊張しまくっているKAZU。全員で指定された場所へ移動する。

待っているように言われた白いテントは、ホームストレートのピットから反対側にあった。

先程表彰式が行われていたステージの丁度真下付近。

待っていると、目の前のホームストレート上で、何やら大勢でシャンパンのかけ合いが始まった。

シャンパンの引換券と、金網越しに大騒ぎしているこの状況を見比べて、

「俺らってさぁ、ここに居ちゃいけないんでないの?」と苦笑する。

「ん〜。本来はあそこに居るはずなんだが・・・ここに居ろって言われたしねぇ・・・。」

「ま、あんなんで濡れるのやだし。」

「それもそうね。」

ステージ上では、ホンダ系ワークスライダーがもて耐の感想などを話している。

「自分も参加したいと思いました。」などと社交辞令。
(はい。参加しないで下さい。)

やがて表彰式が始まる。

ベストツイン賞やら、最小排気量賞やら、完走最小ピット回数賞やらが次々に表彰されていく。
(因みにベストシングル賞も用意されてたが、んなもんいるわきゃない。)

一番最後に、ベストヘルパー賞として、KAZUの名前が呼ばれる。

「行こうぜ。みんなで行っちゃお。」全員でステージに登る。

1人しか呼んでないのに、12人で登場した俺らに少々面くらい気味の司会者。

インタビューを受けるKAZU。オーロラビジョンのインタビューシーン。

もらった楯を手に記念撮影。



ピットに戻り、7時間を走り抜いたFZRと記念撮影。


2台のFZRをトシのトランポに積む。これからは彼がこのFZRを引き継ぎ、このもてぎで練習を重ねる事となる。

一通り片付けが終わり、一旦サーキットの外に出る。賞金の5万円で、心ばかりの夕飯をみんなにご馳走する。

店の前で手伝ってくれた人達に別れを告げ、俺らは又サーキットへ戻る。

決勝の7時間を走った後、当然その日に帰る気力など残っていないだろうとの予想により、昨日に引き続き今日もホテルを予約していた。

ホテルの部屋に戻り、このウィーク中に撮ったビデオを見ながら酒を飲んで盛り上がる。

「いやぁ〜、しかし思った程疲れなかったね。」

「そうそう。やっぱ3人だったしね。これくらいなら余裕っしょ。」

アキラは早々に隣の部屋へ行き、休んでいる。

予選日の朝から風邪を引いており、決勝が終わると共に緊張感が抜け、一気に体調を崩したらしい。

ローとRSオータの3人に、眠い目をこすりながらGOMAが参加するが、どーにも眠気に耐えられず、1時間以内に死亡。
そそくさと隣の部屋に戻るGOMA。

RSオータは「10分寝る。」と言ったっきり、もう30分以上も動かない。

夜も2時過ぎとなり、さすがに起きている事が辛くなる。

明日のチェックアウトは昼の12時迄。ゆっくりと寝ていられる。

いつもならいい夢も見れるだろうが、今日ばかりは目が覚めるまで、熟睡を続けるだろう。


決勝のベストタイム
アキラ2分12秒27
HIRO2分12秒53自己ベスト更新
RSオータ2分16秒90自己ベスト更新

〜 今回の教訓 〜

・こんな人生ってあるんか!

以上

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